獲物をいたぶることは、豊越にとって何よりも興奮する遊びだった。
 普段の仕事のときならば、その性を抑えて、素早く獲物を仕留めるのだが、この外界から閉ざされた小さな箱庭ならば、何をしても彼を制止するものはない。
 常識も、法律も、人ならざる彼が隠さねばならない本性さえ、ここでは意味を持たないのだ。
 獲物は、柔らかく、水の中でも甘い香りが漂う美しい少女だった。
 身につけた肌襦袢は、とおに乱れて、健康そうで、文字通り美味そうな白い乳房や、太ももが剥き出しになっていた。
 その姿は、豊越の食欲と獣欲を刺激したが、そのまま獲物にかぶりつくような真似をすることはなかった。
 片手で握りつぶせそうな小さな頭を、何度も滝壷の水の中に押し込めると、また掴みだす。
 一度に水死させるような真似はしない。
 美しい少女が、顔を歪ませ、涙を流しながら苦しそうに喘ぐ姿を見ると、豊越のズボンの前が大きく膨らみ始めていた。
 豊越にとって、それは性欲よりも食欲に等しい。
 元々、豊越の中では、そのふたつは同じものなのだ。



「そう簡単に死なないでくれよ、お嬢ちゃん。これからまだ、お楽しみが残ってるんだからな。まあ、死体とやるのもそう悪くないがな」



 少女は、見た目の可憐さに反して、ずいぶんと気丈で、タフだった。
 とっくに意識を手放してもおかしくない状況で、涙を流しながらも、抵抗を決してやめなかった。
 豊越は地の底から響くように低い声で笑った。



「獲物は生きがいいほうがいいんだよ、お嬢ちゃん。そうやって、もっと俺を喜ばせてくれよ。そしたら、かわりに、そんなに苦しまずにすむ様に、楽に殺してから喰ってやるからなぁ。あぁ、そろそろ限界かい? じゃぁ、まずは味見をさせてもらおうかな」






 何度も溺れそうになりながら、意地だけで重は意識を保とうとしていた。
 息が苦しかった。
 鼻からも口からも、水が入り込んできた。
 いっそ意識を失ってしまえばと何度も思ったが、それは絶対にできなかった。
 西院の宗家の血を継ぐ者の意地というものもあったが、気を失ったときが自分の最期なのだということが、重にもわかっていた。
 朔夜を残して、誰とも知らぬ男の手にかかるわけにはいかない。
 それだけが、重の意識を現実に縛り付けていたが、突然水ではなく空気が重を包み込むと、重は激しく咳き込んだ。
 片手で重の頭を掴んだまま、獣のような大男は、重が着物を脱ぎ捨てた岩の下に、無造作に重を投げ捨てた。



「くっっっ! いっったぁぁ!!」



 呻き声以外、言葉にすることはできなかった。
 男の姿を確認しようとして、重は苦しい息を飲み込んでしまった。
 重は元々小柄な方で、身長は150程度しかないが、男はその2倍近くの巨大な身体に見合った、岩のような体格の持ち主だった。
 だが、重が息を呑んだのは、熊よりも巨大に見えるその体格でも、野生動物のような獰猛な顔つきでもなかった。



「ひっっい……いや……やぁぁぁぁ!!」


「言葉になってないぜ、お嬢ちゃん」



 重の両手を一纏めにして、岩に押し付けた男の股間には、幾人もの男女の交わりを見てきた重も見たことがないほど巨大な一物がそびえる様に起ちあがっていた。
 それは、男根というより、巨大な肉の棒そのものだった。
 重の身体は男を知らない。
 知識としてだけなら、何度も男女の交わりを見てきた重にも、それは一目で分かった。
 自分はこの男に汚されようとしているのだと。
 儀式も前の処女である重に、こんな巨大なものを受け入れられるはずもない。
 無理やりねじ込まれれば、それだけで重の身体はふたつに裂けてしまうだろう。



「安心しなよ。こいつを突っ込む前に、苦しまずに死なせてやるからよ。俺も見た目ほどひどい男じゃないんだぜ」



 そういうと、男は重の首を片手で押さえた。
 それだけで目の前が真っ赤になり、耳鳴りがして、意識が遠くなりそうなる。
 重の首が、男の手で折られそうになった次の瞬間、男の手の指が内側から弾けとんだ。
 目の前で弾ける血と肉片を眺めながら、重は意識を失った。






 弾けて無くなった指を不思議そうに見ると、豊越は獰猛な獣の笑みを浮かべて、岩陰に立つ少年を睨みつけた。
 憎悪ではなく、その視線は、奇妙なことに好意さえ含んでいたが、少年は無表情に後ろに庇った少年に語りかけた。



「この人の相手は僕がします。朔夜くんは後ろの皆さんと重さんをつれて、屋形に戻ってください」


「でもっ!」



 朔夜は叫んだが、後からついてきた屋形の男たちに促されて、重の身体と着物を男たちに運ばせた。
 その間、男はその場所からまったく動こうとはしなかった。
 言葉も無く、男と唯は見詰め合った。



「朔夜くん、頼みましたよ」



 朔夜たちが重を連れて屋形の方に姿を消すと、男はやっと話しかけてきた。



「あのお嬢ちゃんも美味そうだったが、お坊ちゃんもずいぶん美味そうな匂いをさせてるじゃねーか。それも、お嬢ちゃんより、ずいぶんと楽しませてくれそうだ」


「たいした回復力ですね」


「あっ、これのことかい?」



 さきほど弾けとんだはずの指は、すでに再生をはじめ、あとは真皮を再生するだけになっていた。
 もちろん、人間に可能な技ではない。



「獣人――その再生能力は虎人ですか」


「よく知ってるな。なんでわかったんだい」


「ひとではない気配がします」


「へぇ。気配ねぇ」



 男はくっくっくっと笑った。



「俺も鼻には自信があるんだがな。坊ちゃん、あんたからは、知ってる匂いに似た匂いがするぜ。お嬢ちゃんを助けたのは、まずかったんじゃないか」


「口が軽い始末屋ですね。でも、あなたは考え違いをしてますよ。僕はあのひととは関係ない。重さんのことは、自分で決めます。彼女は、あなたに殺されるような人じゃない」


「じゃ、どうするんだ。俺の仕事はあのお嬢ちゃんを始末することだぜ、俺の仕事の邪魔をして、生きてる奴はいねぇんだ。俺とやりあう覚悟があんのかい?」



 嘲るような男の言葉に、唯は菩薩のようなアルカイックスマイルを浮かべた。
 その瞬間、特徴の無い整った人形のような無表情が、嫣然とした恐怖すら感じさせる美貌へと変化する。
 その変貌を、豊越は惚けたように見つめた。



「豊越さん。僕はあなたを知っていますよ。あなたは僕を知っていますか?」


「依頼人の名さえしらねーのに、あんたの名前なんて知るかよ」



 心なしか赤くなって豊越は吐き捨てるように言った。
 すると、唯の笑みがより深く、誘うような淫靡なものへと変わっていった。



「僕の名前はユイですよ。あなたに僕が殺せますか」



 豊越は、生まれて初めて、快感とも恐怖ともつかない何かに身体がしびれた。



「おもしれぇ。やってやろうじゃねーか」


 
 ふたりは、ゆっくりと正面から向き合った。


 





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