絢爛舞踏ニーギ


「名前は捨てたわ。ジャマだから」


 淡い絶望を浮かべたまま、少女は言った。
 行き倒れていた彼女を拾った男が顔を曇らせる前に、少女は力強く笑って見せる。
 男は不幸な女が嫌いだった。
 だが、それは彼女にとって余計なお世話というものだ。
 彼女は絶望を知っている。
 だが、不幸などではない。
 絶望の海から希望が生まれることを知っているのだから。


「今の私はニーギ・ゴージャスブルー」


 彼女の肩には六番目の絢爛舞踏章がぶら下がっていた。
 その世界には存在しない踊る人形の勲章。
 300のあしきゆめを屠った化け物の証。
 ただひとりに再び出会うために、豪華絢爛にしか生きられない。それが彼女の誇り。


「ただの恋する乙女よ」




 世界がまだ新井木に優しかった頃。あの地獄の中で短くても幸福だった時代。新井木は無邪気にミーハーに来須を先輩として慕っていた。
 整備でも真面目に仕事をせず、噂話やおっかけに燃えていた彼女には戦争が身近なものには感じられなかった。
 いつ死ぬかわからない。だからやりたいことは我慢せず全力投球というのが新井木の持論だったが、落ちこぼれと問題児の寄せ集めの隊で死を現実に見ていなかった新井木は、後に多くのつけを支払うことになった。




「やっぱりいくんだ」


 新たな青の青に下賜させれたリューン(精霊)を集めているとき、突然背後から声をかけられ、新井木は内心で飛び上がるほど驚いた。
 白兵戦だけで絢爛舞踏章を手に入れた新井木の背後を取れるものは多くない。
 ほとんど存在しないといってもいい。
 だから、振り返る前に相手の予想はついていた。


「芝村竜士」


「速水でいいよ、勇美ちゃん」


 絢爛舞踏の正装の速水───芝村厚志がそこにいた。


「いまさら、その笑顔を向けないでくれる。……速水くん」


 同じ絢爛舞踏でも、新井木と速水では格が違う。自分は不可視の精霊機構によって精霊脚を手に入れたが、速水はこの世界のHERO───シオネ・アラダと人類の決戦存在を兼任する、近いうちに七つの世界の支配者になろうという男だ。
 もともと、新井木が絢爛舞踏になれたことも速水による所が大きい。
 速水は新井木を利用し、新井木は速水を利用した。
 お互いわかりきった主従関係。
 真実を見せられても、新井木は速水を責めることはできなかった。
 ただひとりを求める気持ちを、新井木もまた知ってしまったから。
 そして、速水の駒となれるまでに自分が強くなってしまったから。
 速水を主と仰ぐことに不満はなかった。
 来須を追うための、それが条件だったのだから、今の新井木は魔王とだって喜んで手を組む。
 ただ哀しいだけだ。
 あの日が帰ってこないことが。
 速水の笑顔が仮面であったことに気がつかなかったバカな自分に戻りたいわけではない。
 ただ、彼の隣に芝村舞がいないことが哀しかった。
 先輩が消えた理由を笑って話す彼が哀しい。
 そして、芝村厚志という自分の幼馴染の本当の名前が思い出せないことがとても哀しかった。




「来須先輩に会いたい?」


 厚志が新井木に尋ねたのは、九州を放棄することが決定した時だった。


「決まりきったこと聞くね。当然でしょう。会いたいわよ。会える手段があるならなんだってする」


「それがこの世界を捨てることでも? 今までのように後方じゃなく、その手を直に血に染める生き方を選ぶことでも? それでも勇美ちゃんは来須に会いたいの?」


 この時新井木は半ば自棄になっていたのかもしれない。
 同時期に同部隊から絢爛舞踏を二人も出しながら、九州を捨てねばならなかった5121小隊は、半数近くが死者の列に並んでいた。
 速水───いや、芝村司令が死なせたのだと、新井木は憎しみすら感じた。
 先輩は行方不明、自分を守ってくれると約束した若宮も新井木をかばって目の前で亡くなった。
 死体は肉片さえ残らなかった。
 厚志も大切な人を戦場で失ったことを忘れて、新井木は叫んだ。


「生きてるなら、会えるわよ! そのためなら、なんだってするに決まってるじゃない! あんたのせいで先輩がいなくなって、若宮さんも死んで、みんなみんなあんたのせいで死んで、でもそれしかないならあんたと同じ化け物になってもかまいはしないわよ!! 先輩に会わせて!! 会わせてよ!!!」


 新井木は叫び、泣き喚いた。
 それでも厚志は笑顔のままだった。


「じゃあ、君には僕の直接部隊に入ってもらうよ。最低限絢爛舞踏章ぐらいはとってもらわないと困るからね」


「あんたの駒になれってことでしょ」


 どれほど修羅場をくぐっても変わらない少女めいた美貌を傾げて、厚志は満開の花のように笑った。


「来須に会うには、それが必須条件なんだよ」




 あれはまだ絶望じゃなかった。
 あの時どうして気がつかなかったのか。
 速水厚志という人間は、芝村舞という少女が失われたときに消えてしまったのに。
 泣けるうちはまだ平気なのだ。
 その後、厚志直属として戦場を駆け抜けた新井木は、絢爛舞踏章をとったとき、はじめて自分のためではなく厚志のために泣いた。


 そして今、新井木は青の青──青の厚志の部下であり、新たな風を追うものとして来須を追って旅立とうとしている。


「私は必ず先輩に会ってみせるわ。そして、速水くんのことなんて忘れさせてみせるからね」


 強気に挑戦状を叩き付けないと泣きそうだった。
 ただひとりと再会するために豪華絢爛に生きることを決めた自分に別れの涙は似合わない。


「勇美ちゃん誤解してない? 僕は来須に幸せになって欲しいんだよ。もちろん勇美ちゃんにもね」


「うっわー嘘つき。ダイバカ。先輩とのことなんて知ってたに決まってるじゃない。私は来須先輩ファンのパイオニアなのよ」


「まあ、関係があったことは否定しないけど」


「嘘でもしなさいよ!」


「それこそ、今更じゃない?」


 先輩が厚志に惚れた理由が、今では理解できる自分がちょっと嫌だと思ったが、先輩は絶対譲れないと再度誓って宣言した。


「男のために全てをかける女の甲斐性見せてあげるわ! 私は先輩に必ずあってみせるから、速水くんは芝村舞との誓いを守りなさい! それができなきゃライバルだなんて認めないんだから!!」


 なんのライバルだか。すっかり恋敵扱いされて、厚志は苦笑しながら新井木の被っている帽子をなおした。


「行っておいで、勇美ちゃん。すべての運命を蹴り倒して」


「……その名前、ここに捨てていくわ。私は昔の私じゃない。もう新井木勇美なんて名前はふさわしくないもの」


 噂好きでいい加減な少女はもういない。
 だから…………。


「名前をつけて。今のあたしにぴったりな。先輩に誇れる名前を、あなたがつけて」


 先輩が認めたただひとりのひとに、新しい自分を決めて欲しい。
 少し考えて、厚志は呟いた。


「ニーギっていい響きだよね。いっそそれを名前にしちゃったら?」


「うーそれなら確かに先輩にもわかってもらえそうだけど、インパクトが弱いわ!」


「じゃあ、青の厚志直下絢爛舞踏だから、ゴージャスブルーってのは?」


 こいつは、絶対センスがおかしい。心の中で断言したが、それも悪くないと思った。
 名前は存在を縛るもの。ならば、その名のとおり豪華絢爛に生きてやろう。


「ありがとう。気に入った。えっと、余計なお世話だろうけど、グッチーはやめときなよ。あれ、ロクデナシだよ」


 最後だからと忠告すると、やはり笑顔で返された。


「知ってる」


 先輩と天秤に掛ける価値が瀬戸口にあるとは思えないが、厚志にとっては残ったのがあれだけだったということなのかもしれない。
 芝村舞以外は、本当にどうでもいいのだ。


「行くわ」


「元気で」


 別れの挨拶も、約束もしない。それが青の生き方。
 ニーギは、来須を追いかけるゲートを開いて、振り向きもせずに世界を後にした。




 転移した世界で、ニーギは自分の身体が変化していることに気がついた。


「これが世界移動者の変化ね」


 力翼は出せないし、多分この世界の人間と同じ身体に変化したのだろう。


「でも、戦う力は失ってない」


 ならば、その名のままに、豪華絢爛に生きてやろう。たったひとりの人に会うために。


「速水くん」


 残された彼を思い、ニーギは少しだけ泣いた。




 ニーギが第6世界のゲートと、この世界の決戦存在を巡る戦いに参加するのは、また別の話だ。




おもいっきりネタバレですが、某シューティングゲーム外伝小説および、同ゲームの「2」に出てくるニーギは未来の新井木勇美です。
びっくりしましたよ。なにがって世界移動者になったことより絢爛舞踏だってことに。
あの新井木が!
しかも新しい青の青が厚志だし。ベルカインの息子(ヨーコさんの兄)は?
ストーリー展開上何故か若宮とくっつくとあったのに、っていうか原は?
例の帽子もって来須探して世界を飛んでるらしいので、そのへんの事情はでっちあげです。
外伝小説読んで好きになりました。
ゲームではうるせーとか思ってましたけど(笑)
次は自分のSSにならって新井木で絢爛舞踏狙おうかと画策してます。
もちろんスカウトで!
小説式神の城で色々事情が明かされてますね。