銀の巫女姫


 双樹帝国は森と湖の国として広く知られている。

 なかでも、なにより双樹の象徴として有名なのは、王都にある二本の大樹だった。

 一本の木の幹が、小さな村がひとつ納まるほどの巨大さで、雄株と雌株が互いに絡み合い、雲に届くまでにそびえ立っている。

 雄株を金樹、雌株を銀樹という。

 双樹とはこの一組の大樹の名であり、大樹をそのまま利用した王宮と神殿の名であり、王都の名であり、大地の聖王国の名でもあった。

 広大な穀倉地帯を有し、牧畜もさかんな双樹はもともと豊かな国であったが、二十数年ほど前に現在の女帝である金珠帝が即位した数年後から急速に軍事を増強し、近隣の国々を併合し、十年前には、ついに同じ聖王国である水の王国流露を攻め滅ぼした。

王族はみな処刑され、民は奴隷階級へと落とされた。

金珠女王は、流露の国王を処刑したとき、双樹を聖王国から聖帝国と名を改め、自らは女帝の地位に着いた。

幼い頃は内気で大人しかったという少女が、何故残酷な女帝へと変貌したのか知る者は誰もいないが、それも妙な話だった。

金珠は十六で王位につくとき、女官も側近もすべて入れ替えたという。

何が彼女をそうさせたのか。

憶測は噂となって宮廷の内外で囁かれたが、事実に近づいたものはありそうにもなかった。

それよりも、苛烈をきわめた女帝の治世に、恐れを抱いて口をつぐむものの数の方が多かったかもしれない。

金珠には今年十二歳になる双子の皇女がいる。

煌砂の王族には珍しい銀の髪と、透明に近い緑の瞳をした姉皇女を銀葉。黄金の髪に、深く濃い緑の瞳をした妹皇女を金花という。

煌砂王家は女系であり、女子にしか継承権は与えられない。

女帝の早くに亡くなった夫は、彼女の異母兄であり、正妃の息子であったが、王位についたのは異母妹で妾腹の金珠であった。

煌砂では双子は歓迎されない。

禁忌とまではいわないが、不吉の象徴だとは考えられている。

双子の皇女が誕生した時は、家臣はみな眉をひそめたが、金珠は気にした様子もなく娘たちを溺愛した。

 ただし、家督争いを避けるために、王家には滅多に生まれない銀髪の姉姫を銀樹神殿の巫女に、正統な煌砂王家の容姿をした妹姫を皇太子に据え置いた。

 双子の皇女たちは、母が何をしているのかも知らずに、幸福に育った。

 特に継承権のない、将来は神殿の神官と巫女を束ねる地位に着くことが決められた銀葉の方は、神殿の戒律のほかは、帝王学に束縛されることもなく自由に成長した。

 銀葉と金花は互いを愛し、母である女帝を愛し、自らの帝国を愛していた。

 それが幼い日々にしか有り得ない、夢の日々だったとしても、確かにふたりは幸福だった。

 閉じられた卵の中の幸せに、真実の陰りがひびを入れたのは、姉姫の幼い好奇心だった。

 大樹を出て、街におりてみたい。民がどんな暮らしをしているのか見たい。

 単純な願いだったが、許されるものではなかった。

 大神官候補の銀葉は知らぬことだったが、帝都双樹は治安のいい場所ではなかった。

 長い戦乱のために雇われた傭兵や、ならず者達が大手を振るい、軍人達も統制はとれているが力なき民に対する態度は誉められたものではない。

 奴隷商人や人買い達も、取り締まられることも無く公然と商売をしている。

 税は重く、貧富の差は激しい。

 自然と貧民街なども広がっていく。

 そんな危険な場所へ、幼い皇女を連れて行くことなど、できるはずもなかった。

 だがまだ幼い銀葉は、どうしても街が見たかった。

 銀葉は世間知らずではあったが、頭のいい少女だったので、表面上は大人しく機会を待っていた。

 そしてその日はやってきた。